~弾き語りからアコギソロまで〜

佐渡山豊『ドゥチュイムニイ』は翻弄される沖縄を歌い続ける

 
沖縄の基地問題
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その昔、沖縄フォーク村なるものがありました。初代村長が佐渡山豊(さどやまゆたか)さんでした。

当時私は中1くらい。沖縄の方言でフォークソングを歌う21歳の佐渡山豊がけっこう変な人に見えていたりしたのでした。

が、後になってよくよく聞いてみると、佐渡山豊の歌は、沖縄の歴史に深~く根差した沖縄県民の感情を切々と歌い上げている最高のメッセージソングだったのです。

佐渡山豊は沖縄の気持ちメッセンジャー

フォークソングはもともとメッセージ性の強いものでした。その筆頭が吉田拓郎だったように思います。

そして、沖縄にも、方言のフォークソングに乗せて熱いメッセージを伝える沖縄県産品のメッセンジャーシンガーがいました。それが佐渡山豊です。

佐渡山豊『ドゥチュイムニイ』がウチナンチュのDNAを揺さぶる

 

沖縄の人は、望んだわけでもないのに、逆らうこともできない巨大な力に現在も翻弄され続けています。

沖縄の本土復帰が1972年(昭和47年)5月15日。
通貨がドルから円に変わりました。私が体験したナマの沖縄の世替わりです。

そんなことを思い出しながら、佐渡山豊の『ドゥチュイムニイ』を聞いていると、自然とジワ~ンと熱いものがこみ上げてきました。
佐渡山豊は間違いなく自らの使命感を持って全国でステージをこなしているのだと強く感じました。

 

佐渡山豊の歌は現在が心に沁みる

沖縄の米軍基地に関しては、返還された土地もありますが、あの頃も現在もそんなに大きな変化はないと感じます。

21歳のデビューから66歳の現在まで、佐渡山豊自身もいろいろな方向から故郷沖縄を見つめてきたはずです。
66歳の佐渡山豊『ドゥチュイムニイ』は、またさらに心に染み入るものがあります。

佐渡山豊(さどやまゆたか)
生年月日: 1950年12月8日 (66歳)

沖縄県コザ市出身。琉球大学農学部で農芸科学を専攻。
1971年8月4日、第1回沖縄フォークフェスティバルの開催に関わる。沖縄フォーク村を結成し、初代村長となる。地元ラジオ番組などに出演。
1973年、沖縄の本土復帰後、上京してエレックレコードからデビュー。以後、6枚のアルバムを発表。
1978年、沖縄に戻り、音楽活動を中止後 独学で一級建築士を取得。
1996年、往年のヒット曲「ドゥチュイムニー」が泡盛のCMに起用され、話題となる。
1997年、アルバム「さよならおきなわ」を発表。全国各地でライブをおこなう。

Wikipediaより

 

声量も昔から変わってない感じがする。ボイストレーニングもしっかりやっているのかも知れません。
公式ページを見るとライブのスケジュールがびっちり。まだまだ埋まっていきそうな勢いを感じます。

ずっとずっとこれからも元気で、沖縄の叫びを歌い続けて欲しいと思います。

 

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