沖縄と2000円札の真相を知ったらワガママが言えなくなった

沖縄と2000円札の真相を語るには、2000年の沖縄サミットを抜きには語れません。

2000円札の誕生

第26回主要国首脳会議(沖縄サミット)と西暦2000年(ミレニアム)をきっかけとして、1999年(平成11年)に当時の小渕恵三内閣総理大臣の発案で、2000年(平成12年)7月19日に森内閣の元で発行された。

wikipediaより

この真相を知ると、
・1000円札と紛らわしい2000円札は使いたくない
・2000円札なんて作る必要はなかった
そんな思いはきっと自然と消えてしまうでしょう。

では、さっそく本題へと入って行きましょう。

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沖縄サミットを目前に2000円札を発行したのは時の小渕総理の機転だった

中国の尖閣諸島への挑発行動はいまに始まった事ではありません。
琉球時代の交易の事実などを逆手に取り、沖縄は中国の領土であると主張し続けています。

これと思ったら何でも利用して手に入れようとするその手法には嫌悪感以外の何ものも感じません。

2000円札の表に印刷された守礼の門の意味

2000円札の表

画像は琉球銀行HPより

・円は日本の貨幣単位である
・2000円札の表に守礼の門が描かれている
これが意味するところは、

沖縄は日本の領土である

という主張です。

サミットを最大限に活用した小渕総理の手腕

・尖閣は中国の領土である
・琉球(つまりは沖縄)も中国の領土である
そんな根も葉もないことをずーっと主張している中国ですが、

サミット直前に発行された2000円札は自然と話題になったはず。
主要国首脳に2000円札発行のいきさつを話すだけで、「沖縄は日本の領土である」ということが自然に伝わります。

中国はサミットの正式メンバーではないにも関わらず、毎回来賓として招待されていますが、沖繩サミットには出席していません。小渕さんの作戦が大成功したということでしょう。

一滴の血も流さず、一言も発することなく、中国を引っ込めた小渕さんの政治手腕は素晴らしいですよね。

沖縄県内での中国の動き

中国人や中国の会社が沖繩の土地を買い占めている
こんな話が飛び交っています。確かめた訳ではありませんが、これは間違いないでしょう。

昔、仕事の現場に中国人がいて家まで送って行ったら、何と辺野古に一軒家を買って住んでいました。そんな事実があります。

売る側の人は、このあたりはもっと警戒心を持った方がよろしいんじゃないかと思うのですが。。。

家や土地が売れたらお金が手に入りますからねー。

「何でお前たちに売らんとイカん!」
ってね、果たして何人が国を守る意識で天秤ばかりを調整できるか、っていうのは疑問が残りますなぁ。残念ですけどね。

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まとめ

先日も近くのダイソーに行ったら、10代前半の中国人の女の子が2人、スマホコーナーでいろいろ見ていました。

100均の商品も中国人にはなかなか好評のようです。

「こんなところまで何しに来たんだ?」
そんなふうに思ってしまった私。。。
たかが子供、といってしまえばそれまでですが、ある程度の緊張感は保っていたいと、ことに最近から強く思うようになりました。

2000円札は沖縄が日本であることを堂々と主張している日本紙幣なのである

この視点で考えると、2000円札が愛おしく思えてきます。
これからは感謝の気持ちで2000円札に接していこう、と思うのでありました。

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